始まりは、
1983年 『水中出産』集英社より発売される。
1984年 日本で初めて公に病院での水中出産が行われた。(具生恵美の第1子)
その後、徐々に「水中出産」を希望する人々が訪ねてきて各地で水中出産ができるように、コーディネートを開始していく。
はじめまして
私の仕事は、
日本初のアクティブバース・水中出産の導入したチャイルドバースコーディネーター/パラマナドユーラ
プライマルヘルスバース研究所 主催/プライマルヘルスバース実践研究家/
データベースとリサーチについての活用アドバイザー
活動の経緯
日本では水中出産が何処も受け入れてくれるとこともなく情報もない中、
日本初の水中出産を自分で開拓準備して成功させた。
その後、多くの相談者のため各地での水中出産・アクティブバースのための講座や個人セッション。医療者側とのコーディネートをして、産む本人が望むお産をできるように尽力した。
約300人以上の水中出産やアクティブバースにのコーディネートや出産時に立ち会った。
自分の出産体験や、多くの出産に立ち会ったことで
産んだお母さんが誰よりも先に赤ちゃんに触ることが大事と考えて、お産の時に最初に赤ちゃんを抱きかかえるのはお母さんだということを提唱実践してきた。
そして、誰か(医療者等)の会陰保護を受けることなく自分で自分の身体を傷つけずお産はできると言うことを産む本人にもかかわる医療者にも伝える活動をしている。
そして、本格的に
講演活動などのアクテビティ概略
1984年以降各地の病院助産院での水中出産をぼちぼちとコーディネートと産前教室をしながら水中出産用のプールを探していた。それまでちょうどよいプールがなかった。
1991年に日本製の水中出産用のプールが探してもちょうど良いのが見つからず、渡英。その時、イギリスではアクティブバースが盛んだと言う情報のみで探しに行く。当時はインターネットもなくひたすら手紙や国際電話での情報集めだった。
そして、出産用の組み立て用簡易プールを3体持ち帰る。この時の様子を日本のテレビ局が撮影していた。1992年4月「スーパーテレビ情報最前線・平成のお産革命」(日本テレビ系列)。そのTVが放送されて、プールの準備もできたので希望する人がもっとやりやすい環境が整った。本格的に出産前の講座も開始した。(*「スーパーテレビ情報最前線・平成のお産革命」のTV映像を探しています。お心当たりの方は連絡ください。)
1992年ミッシェル・オダン氏の初来日をコーディネート。その後一般と医療者向けの講演会を全国で何年も開催して、約1万人以上の動員した。
1996年 First North American Conference on Nurturing Women: Intergrating Water into Maternity Care, April 12, 13, 14, 1996 に参加
1997年 船井オープンワールドにてミッシェル・オダン氏講演と村上和雄先生との対談、コーディネート
1998年、日本で初の海中出産のコーディネート立ち合いを成功させた。
1998年 船井オープンワールドにて講演。
2000年 海外での海中出産のコーディネート立ち合いを成功させた。
2001年 アメリカ waterbirth 国際会議で召喚講演
2012年 ハワイミッドパシフィック~~召喚される。
もっと詳細を知りたいときはこちらへ⇒でも長いです。
各地での病院・助産院等の施設での出産環境サポート
*閑古鳥が鳴く病院を立て直した。助産院の立て直し
*助産院開院サポート
あたりまえに産む生まれるということが難しくなってきている今、
この重要性と出来るための情報発信とそういうお産が出来る様にしていきたい。
私の発信については、以下のSNSからどうぞ。




